箱根駅伝のテレビ中継が始まった1987年、山梨学院大初出場となる第63回大会でアンカー10区を走り、卒業後は一転 漫画家に。
『かなたかける』で小中学生駅伝を、現在は『駅伝男子プロジェクト』で大学駅伝を描く――
そんな異色の経歴を持つ高橋しん氏と対談するのは、元NGT48メンバーにして業界屈指の駅伝ファン、西村菜那子さん!
駅伝関連メディアに引っ張りだこのかたわら、Webマガジン「#西村駅伝」で駅伝と陸上競技の楽しみ方を独自の切り口から発信中の彼女を迎えた本企画。
年明けに控えた箱根駅伝の見どころや、各々の使命について、漫画家とタレントという異なる視点からたっぷり語っていただきました。
西村菜那子 NANAKO NISHIMURA
1997年8月11日生。長野県出身。2015年から2022年までNGT48メンバーとして活動。「駅伝に詳しすぎるアイドル」として朝日新聞4years.にコラムを連載中。自身の名前を冠したWebマガジン「#西村駅伝」を2023年9月よりスタート。
「見逃した復路で何があったんだろう? と、そこから俄然興味が湧きました」
高橋しん SHIN TAKAHASHI
1967年9月8日生。北海道出身。1987年、第63回箱根駅伝出場。1990年に漫画家デビュー。代表作に『いいひと。』『最終兵器彼女』など。現在「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)にて『駅伝男子プロジェクト』、「MELODY」(白泉社)にて『髪を切りに来ました。』を連載中。
「ラジオ実況を聴きながら、歌川広重が描いた箱根八里みたいな道を想像していました」
「アイドル時代、“家族以外の人からこんなに応援していただくことって、普通に生きてたらないよ!”と母に言われました」
「“陸上競技に奇跡はない”というポリシーは、創作者としての足枷かもしれません」
――はじめに、おふたりの箱根駅伝との出会いについて教えてください。
西村: もともと両親が大の駅伝好きだったのですが、私自身が駅伝にハマった一番のきっかけは、中学生の頃にテレビで観た第87回箱根駅伝です。東洋大の柏原竜二さんが山登りの5区を走っていて、「こんな選手がいるんだ」と。実はその時、往路優勝を果たした東洋大がきっと総合優勝も獲るのだろうと思って、復路を観なかったんです。ところが、大会が終わった翌日にニュースを観たら、総合優勝したのはなんと東洋大ではなく早稲田大! 私が観ていなかった復路で何があったんだろう? と俄然興味が湧きました。以来、箱根はもちろん、出雲、全日本とあらゆる駅伝を見るようになり、どんどんハマっていきました。
高橋: 私も西村さんと同じで父が陸上マニアだったので、正月は箱根駅伝のラジオ中継を聴いていました。当時はテレビの生中継が始まる前ですから、音声のみでレース状況を知るのですが、北海道出身の私は箱根という場所を見たことがない。日体大の谷口浩美さんが走られた山下り6区で「韋駄天! 韋駄天です」みたいな実況を聞いて、歌川広重が描いた箱根八里のような、ものすごい道をものすごい勢いで走っているんだろうなと……そんなイメージを思い浮かべていたのが入り口でした。
歌川広重《東海道五拾三次之内 箱根 湖水図》東京富士美術館蔵 「東京富士美術館収蔵品データベース」収録
――元箱根ランナーでいらっしゃる高橋しんさんですが、今年の第100回大会ではじめて観客として現地観戦をされたそうですね。
高橋: 遠方から来られる方ももちろんですが、沿道・近隣に住む方々の生活に大会が溶け込んでいるのを強く感じました。100年の歴史とはこういったことなんだなと。実は、自分が選手だったこともあり、箱根駅伝は自分が出場してチャレンジする場なのだという気持ちが強すぎて、引退後も長らく箱根駅伝を観ずにいたんです。ですが漫画家になり、コラムやイラストのお仕事を通じて箱根駅伝と関わるうち、少しずつ心が解けて観られるように。今年、『駅伝男子プロジェクト(以下『駅伝男子』)』の取材でやっと現地観戦が叶いました。第100回という節目に、観客という新たな視点で応援することができて面白かったです。
テレビとラジオの同時視聴は基本!? ふたりの推し観戦術とは
――現地観戦、テレビ中継視聴など、色々な観戦スタイルがありますが、おふたりのおすすめはなんですか?
西村: 私は絶対にテレビ派です。もちろん現地で雰囲気を楽しむのも良いですが、選手がすぐ通り過ぎていってしまうんですよね(笑)。私はそこに寂しさを感じたので、日テレさんのテレビ中継を観ながらラジオ実況を流します。あとは「月陸」(「月刊陸上競技」の略)も広げて。いろんな情報を獲得しながら、お家でゆっくりと観戦するのが好きです。
高橋: わかります。テレビとラジオの同時視聴は基本ですよね! 特にラジオは映像を見ていない人に向けて放送しているので、レース状況はもちろん、選手の心情を言葉で伝えようとしてくれる。ラジオならではの親切さがあるので、テレビ中継にプラスすると、より箱根駅伝を楽しめるんじゃないかと思います。
西村: 文化放送さんは解説者に昨年の箱根ランナーを呼ぶことがあるんですよ。しかもエースというよりあえてキャプテンを呼ぶなど、いつも絶妙な人選をしてくださるので「良いところ突くなぁ〜!」って毎年注目しています。
高橋: あと、お気に入りの解説者を見つけるのも良いですよね。僕は金 哲彦さんが大好きです。金さんの解説はすごく落ち着いていらっしゃるし、とにかく陸上競技に詳しいんですよね。愛情を持って解説されているのが伝わるので、安心して聴くことができるんです。
走者だけじゃない! 箱根駅伝の注目ポイント
――あらゆる情報を駆使して観戦されているおふたりですが、意外と知られていない箱根駅伝の注目ポイントを挙げるとするならいかがですか?
西村: 給水です。チームにもよりますが、選手自ら「君にお願いしたい」と給水役を指名することもあるので、選手と給水役の関係性が見えたり。それから、コースの補助員は箱根駅伝予選会で落選してしまったランナーたちがやっているんですよ。私が以前、現地へ行った際は、泣きながら補助員をされている方がいて。ああ、この人はどういう思いでこの場所に立っているんだろう、と……。これも学生によって運営される箱根駅伝ならではですよね。給水といえば、『駅伝男子』を読んで、コップのふちを潰して飲む方法があることを知りました。
見た目より難しい給水。普通に飲むと喉や鼻に入ってしまいがち。(単行本2集p20)
高橋: 最近ではペットボトルを手渡ししているのをよく見かけますが、一般的な給水は作中で描いた方法で行われるんですよ。そのあたりのテクニカルな部分と言いますか、一般の方が知らない情報も、エンタメの一つとして見ていただけたらと思いながら描いています。そして、私の注目ポイントはランナーの息遣いですかね。これは箱根駅伝ではないかもしれないんですが、最近のマラソン実況では「今、息どうなっていますか?」と、息の音を録ることがあるんです。ランナーはどんなにきつくても、表情を読み取られまいとポーカーフェイスを貫く。でもやっぱり息だけは我慢できない。そういったリアルな情報を視聴者に届ける試みをよく見かけるようになったなと思います。
西村: 私は監督の声掛けにもつい注目してしまいます。もう引退されましたが、駒澤大の大八木監督の檄は話題になりましたよね(「男だろ!」「白バイを抜け!」「何がガッツポーズだ! バカヤロー!」etc.)。大八木監督をきっかけに、色々な監督の檄がピックアップされるようになったと思います。「その1秒をけずりだせ」で知られる東洋大の酒井監督は淡々としていて、青山学院大の原監督は「(Perfumeファンの選手に対して)Perfumeのリズムでいくぞ!」とか、エンターテイナーっぽい。監督によってカラーが違うから面白いんですよ!
高橋: 私が山梨学院大の10区を走った時は、背後にジープがぴったりとくっ付いていて「はいはい、そうそう、はいはい、そうそう。高橋、北海道の父ちゃん母ちゃん見てるぞ!」みたいな声掛けを20キロずっとされ続けるという、辱めを受けました(笑)。今は声掛けポイントが何キロ地点、何キロ地点と決まっています。たすき渡しの瞬間は実はそのポイントに入っていないのですが、駅伝の文化として声を掛けても良いことになっているそうです。その時に監督が選手にかける「ありがとう」って言葉を聞くと、ついグッときてしまいます。
アイドルと箱根ランナーは似ている? 『駅伝男子プロジェクト』で描かれるリアル
――『駅伝男子』では、箱根駅伝出場を目指す大学が大規模なオーディションを開催し、全国から奨学生を募るという展開があります。大勢の人の中から選ばれる、応援されるという点では、どこかアイドルと似たものを感じます。
西村: 私は現在はタレントとして活動していますが、アイドル時代のことを思い出しました。母親によく「家族以外の人からこんなに応援していただくことって、普通に生きてたらないよ!」と言われていたんです。これは箱根ランナーにも通ずるものがあると思いました。ランナーも言ってしまえば普通の男の子で、でも熱心に応援してくださる方がたくさんいるじゃないですか。
高橋: 新年早々、よその子をみんなで応援するっていうね。頼まれもしないのに(笑)! もちろんお子さんが出場されている場合もあると思いますが、大半の人にとっては他人で。それでも出身校や地元だとか、ちょっとした縁を見つけて、何年も愛情を積み重ね、見守って応援している。出場しているのはすごい選手ばかりなんですが、それでもなんだか「しっかり走りなよ~!」みたいな目線で日本中が見守っている。そういったところに、箱根駅伝が100年続いているという重みがありますよね。
――本作を描かれる上で、ご自身の経験が活きたと感じられた瞬間や、元箱根ランナーだからこその難しさはありますか?
高橋: 高校のインターハイ予選で転倒し、コースの内側に入って失格になった……あれは私です(笑)。自分が陸上競技経験者ですので、走る上でのポイントなどは解像度高く描けるかなと思います。一方で、経験者だからこそ嘘が描けなくなってしまう。少し嘘を入れた方が面白いというシーンがあっても、「陸上競技に奇跡はない」というポリシーが自分の中にあるんです。創作者としての足枷になっている部分かもしれません。でもそこを乗り越えて、ランナーはもちろん、走らない人の気持ちにも届くような物語を描こうとチャレンジしています。
西村さんお気に入りの台詞がこちら。「駅伝の好きなところを訊かれたら、今度からこれを引用します!」(単行本3集p159)
今年のためではなく、未来のための箱根駅伝に
――ありがとうございます。最後に、おふたりがお考えになる箱根駅伝という大会の在り方について、ご自身の活動を通して伝えたい思いについて、教えてください。
西村: 私は、あくまで学生スポーツなんだよということをもっと発信していきたいです。近年では箱根駅伝の人気が高まるあまり、周囲の期待も一層加熱している。思うように走れなかった選手が大会後にSNSで謝罪しているのを見かけると、心が痛みます。高橋先生が『駅伝男子』2集のあとがきで「チームに何十年の歴史があっても、君たちの歴史は最長4年です」と書かれていましたが、本当にその通りだと思うんです。過去の偉大な歴史に囚われず、自分たちの4年をまっとうできる部活動であってほしいと思います。
高橋: 傍から見ると巨大コンテンツに見えますが、仰るとおり、箱根駅伝って学生スポーツなんですよね。私は選手にとって箱根駅伝が、それぞれの人生における次の時代に繋がるものであってほしいと思います。大学4年間が終わると実業団に入る選手もいますが、燃え尽きて走るのをやめてしまう選手もいる。やっぱり実業団に入らなくても好きな陸上を続けてほしいと思いますし、自分自身でいえば箱根駅伝の作品を描いたりと、走ってきたことが今も自分の中で繋がっているのを感じています。どういう形であれ、今年のための箱根駅伝じゃなく、未来に繋げるための箱根駅伝になるといいですよね。そして『駅伝男子』を通じて描いていきたいのは、「生きる力」をつけること。箱根に出るくらいの選手は、多くの方がジュニアの頃からずっと陸上を一生懸命やってきて、どうしてもそれで手一杯だったと思うんです。それで4年間が終わった時に、言い方は悪いですがある種「ほっぽり出された」形になる。であれば、この努力に見合った未来に繋げるために自分でどうやって生きていこうか、ということを常に考える頭の構造になってもらいたい。作中ではまだこれからの部分が大きいんですが、頑張って描いていきたいなと思います。
撮影/田中麻以
ヘアメイク/樋笠加奈子
文/ちゃんめい
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高校最後のインターハイで転倒し失格となった中距離選手のハヤタ。
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