5171106 3 3 false Qle559YQXYUpjkkpTgsh4ICe3RIZpKra 10e3f48ee796b1cb173846d4858d2b36 『名前のない病気』特別対談 「家族を描く、ということ」 0 0 10 false
ビッコミさんの作品:『名前のない病気』特別対談 「家族を描く、ということ」

「家族を描く、ということ」

2024年、「引きこもりの兄/姉と家族の記録」を描いた、2つの作品が発表された。

漫画『名前のない病気』、そして映画『どうすればよかったか?』である。

奇しくも同じような境遇で育ち、同時代に、同様のテーマを描くことになった2人のクリエイターが、東京・小学館で初対面。それぞれの経験と見解をもとに、2時間にわたって語り合った。

藤野知明(ふじの・ともあき)
映画監督。1966年、北海道生まれ。大学卒業後、一般企業勤務を経て映像を学ぶ。近代映画協会でTV番組やPVのアシスタントディレクターとして勤務しながら映像制作を続ける。2012年、家族の介護のため札幌に戻る。監督作品にドキュメンタリー『カムイチェㇷ゚ サケ漁と先住権』(20)、『アイヌプリ埋葬・二〇一九・トエペッコタン』(21)など。主にアイヌなど、マイノリティに対する人権侵害をテーマとして映像制作を行なっている。
『どうすればよかったか?』
面倒見がよく、優秀な8歳違いの姉。両親の影響から医師を志し、医学部に進学した彼女がある日突然、事実とは思えないことを叫び出した。統合失調症が疑われたが、医師で研究者でもある父と母はそれを認めず、精神科の受診から姉を遠ざけ、玄関に鎖と南京錠をかけて彼女を閉じ込めた──。弟の藤野知明(監督)が、20年にわたってカメラを通して家族との対話を重ね、社会から隔たれた家の中と姉の姿を記録したドキュメンタリー。全国4館からスタートした本作は、メディア掲載や口コミで話題となり145館で上映、興行収入は2億3000万円、動員数は16万人を突破(2025年12月時点)。ドキュメンタリー映画として異例の大ヒットを記録している。全国上映中。

宮川サトシ(みやがわ・さとし)
漫画家。1978年、岐阜県生まれ。2012年、漫画家を志して上京。2013年デビュー。代表作に『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』(新潮社)『情熱大陸への執拗な情熱』(幻冬舎)、原作担当作品に『宇宙戦艦ティラミス』(新潮社)『落合博満のオレ流転生』(講談社)など。育児などをテーマにした家族エッセイ漫画のほか、様々な漫画原作も手がけている。

宮川  藤野監督は普段、北海道を拠点に活動なさっているんですよね。

藤野  はい。今回は講演のために東京へ来ました。「東京兄弟姉妹の会」という、精神疾患を抱えるご家族がいる兄弟姉妹の自助グループがあるんですよ。その交流会で、統合失調症を発症したと思われる姉と、それを認めない両親、姉の精神科受診を考えた私の話をしました。皆さんと話すと、自分と共通の体験をしている人が非常に多いんですよね。

宮川  わかります。実際、漫画を読んでくれた方からも《ウチもそうだ》と、同調する感想が届くんです。ただ一方で《病院に連れて行かないからダメなんだよ》とか批判されたりもして…。できるならやってるよ、と思うんですが。

藤野  同じですね。私も《撮影してないで病院へ連れて行け》などと言われました。観客の方がそう感じるのはわかります。でもできないんですよね。人の自由を制限する行為はものすごく重い。現在の日本の法律では、兄弟姉妹が受診を望んでも、親が承諾しないと実行できません。私の姉の場合も、両親が25年もの間拒んだので。

宮川  監督は状況を打開したくて、記録を始めたのですか?

藤野  親が姉に問題が起きていると認めない以上、何か残しておかないと誰も信じてくれないのではと危機感があったんです。姉に変化が起きてから9年後、私の大学時代に初めて録音をしました。撮影は01年からです。

宮川  どの段階で、記録ではなく映画にしようと思われたんですか?

藤野  08年に姉が精神科へ3か月入院して、状態が好転したことが大きかったです。統合失調症と診断が出て治療が始まり、比較的効果のある薬も見つかった。姉と会話ができるようになったことで、辛いだけじゃない形で人に観てもらえる可能性を感じました。

宮川  僕も漫画にすることは何度も考えました。ただその度に〝こんなの誰が興味あるんだろう〟という思いが浮かんでいましたね。

藤野  「なぜ描くのか」ですよね。私の場合は、我が家の失敗を公表することに意義を感じました。でも編集に取りかかったのは姉が亡くなった翌年です。姉に病識がなく、生きている間は出せないと考えていたので。お兄さんには前もって話しました?

宮川  資料として実家を撮ろうと帰省した折、「家族のことをテーマに、あなたのことも描こうと思っている」という感じでは伝えました。長男さんとのいつもの噛み合わない、喧嘩腰の言い合いをしているうちに決裂して、長男さんも「もう好きにしろ」と。

藤野  正直言うと、存命中に世に出すことが自分には想像がつかない…。あくまで2巻までの感想ですが、〝描いてくれてありがとう〟という内容ではないと思うので。自分だって父が存命中に映像を公開しておいて、疑問を呈するのは憚られるのですが…。

宮川  いえ、率直な感想だと思います。自分も葛藤が残ってはいます。ただ描くことで長男さんへの感覚が変わって、新たなものが成長していると感じるんですよ。その思いは少しずつ、作品へ注いでいます。

 

「家族は幸せでなければ」

藤野  漫画を通して、お兄さんと対話している感じなんですかね?

宮川  かっこいい言い方をすれば、そうかもしれません。取材の一環で長男さんと話すことも増えましたからね。これは今後描く予定なのですが、実は最近、実際に兄が心を開いてくれたと感じたことがあったんです。なんだ、長男さんとコミュニケーションは取れるんだと、「発見」だったんですよ。この漫画を描かなければ気付けなかった。だったら聞きたいこともいっぱいあるよな、というところまで行きついたのが現在地です。

藤野  描きながらお兄さんを知ることで、本心や求めるものも理解できるようになると期待されている?

宮川  その想いが強いです。だから今は積極的に関わろうとしていますね。

藤野  理解してくれる家族がいれば孤独ではなくなる。とはいえ、日本の社会は家族に責任を背負わせすぎな気もします。

宮川  〝家族ってなんだ?〟と考えるんですよ。映画に家族写真がよく出てくるじゃないですか。ウチも兄貴が大暴れしていたわりに全員で旅行したり、集合写真を撮ったりと、家族行事が頻繁にあった。なんか、そこが僕は面白いなと感じているんです。

藤野  「家族は幸せでなければ」という固定観念でしょうね。私が映画に家族4人の写真を使ったのは、姉のドキュメンタリーではないという認識だからなんです。主人公は両親や自分。家族に受け入れがたい事態が起きた時、人はどう感じ、反応するのか。 それを記録しました。

宮川  その感覚は通じるものがあります。僕も『名前のない病気』とは兄貴のことを言っているのではなく、自分のことなんです。漫画にも出てきますが、0か100かで物事を考える極端な性格で、ちょっとでも幸せにシミがつくとぶち壊したくなる。真ん中の兄貴も、自分が直情型な性格なのはあの家庭が原因だと信じていて、環境ってあるんだろうなって。自分も同じくそこで育ったからこそ、「名前のない病気」になっているんだろうと、最近感じています。

藤野  そういう意味だったんですか。

宮川  自分はそんな家庭を〝普通の幸せで裕福な家〟だと思い込んでいた…。そのズレを描きたい。長男さんにも「あなたが主人公ではないよ」とは伝えているんです。

藤野  お兄さんとの時間がまだたっぷり残っている今が、いいタイミングだったかもしれませんね。

宮川  本当に描くべくして、描いているのかなと。これまでは、作品から長男を1人排除してしまっていたので。

藤野  お兄さんを描いてこなかった、ある種の罪悪感もあったんですかね。

宮川  そうですね…僕はこの作品に関しては、世の中がよくなりますようにとか、これっぽっちも思っていなくて、「ずっと描いていなかった兄貴がいます」と言っておきたいんです。愛情とはちょっと違うんですが、僕なりの兄貴への気持ちではあって。

藤野  私もね、姉に起きた変化で本当によく考え、ようやく人間らしくなったのかなと思っています。高校生ぐらいの頃は他人の感情がわからないような人間でした。その後、事実を受け入れて解決を図ろうとしたけど、姉を受診させるまで25年も費やしてしまった。あまりに長すぎます。映画のタイトルは両親への問い、自分への問い、そして観客に考えてほしい問いなんです。

ただ、宮川さんは世の中を良くするためではないとおっしゃっていましたが、私は結構そういう感覚があります。両親は両親なりに最善を考えて精神科の受診から遠ざけて、玄関に南京錠をかけました。統合失調症の対応の失敗例ですが、ウチが最後だとはとても思えなかったんですよ。これを見れば、同じことはするべきではないと誰だって気づくと思います。映画の最後で、父に質問しますが、あれは責任追及ではなく、こうなった理由を聞きたかったんです。

▲幼い頃の藤野姉弟を写した1枚。手前が藤野監督 ©2024動画工房ぞうしま

 

もし姉・兄がいなかったら?

宮川  家族の映像を見た時に、思いがけない発見はありましたか?

藤野  イカリングかな。

宮川  ビールのコップにお姉さんがイカリングをポチャンと落とした場面。

藤野  私はあの場面に違和感を覚えたんですが、最初、姉の行動が原因と思ったんです。でもおかしいのは、両親のほう。母はイカリングを入れられて「あ~」とは言うけれど、父は全然驚いていません。動じないのは、日常的に同じようなことが起きている証。両親が姉の行動に驚かないというのはおかしい。違和感の正体がわかり、ここは面白いなと、入れたんです。

宮川  さらっと入っていますよね。

藤野  一切説明せずに、ただ流しています。観た人が映像と音から情報を見つけ出すのがドキュメンタリーの醍醐味だと思うので。

宮川  監督のその〝面白い〟は勇気になりました。悲劇や、つらい境遇と見られがちな家族の日常を、作り手として面白いと感じている。自分はそこがすごく敏感なんですが、《その感覚はおかしい》《家族を売り物にしている》といった声も、よく届くので。

藤野  そういう瞬間はそうそうないですが、面白いと感じることはありますよ。

宮川  お話しして、自分はまだ足りないとも思いました。まず漫画を最後まで描き切って、読まれないことには。

藤野  描き切った時に「いい漫画を描いたじゃないか」なんて、お兄さんから言われるかもしれませんよ。

宮川  先日、イベントでお客さんに「お兄さんは描かれて、照れくさくも嬉しいんじゃないですか」と言われたんです。漫画は、長男さんへの悪意に満ち溢れているようには見えないって。ホッとしました。自分は兄貴を晒しものや化け物にしたいわけではなく、無茶苦茶な人との人生が及ぼす自分への影響が純粋に面白くて描いているので、それが伝わったんだと。監督はお姉さんのことがなくても、映画を撮っていました?

藤野  100%撮っていないです。両親のように研究者、もしくは学校の先生を目指していましたから。

宮川  僕もあの兄貴がいる環境で育っていなかったら、漫画は描いていない。兄貴が家で暴れていて、悩んだりしたけど、あの環境で形成された感覚や気持ちは気に入っていて、自慢でもある。もし人生をやり直すことができても、僕はあの兄貴がいる家を選んで生まれてくると思うんです。

藤野  そう思うきっかけはあったんですか?

宮川  心から言えるようになったのは、この漫画の連載を始めてしばらくしてからですね。長男さんとの関係もガバッと変わったので。あの兄がいて今の僕があると悟って、感謝に似たものがある。素直な気持ちをまとめて、漫画を描き切った時に兄貴に読んでもらいたいんです。映画で最後、監督がお父さんと話したみたいに僕も兄貴の気持ちを聞きたいなって。

藤野  それは大変だ。認めてもらわないと終われないでしょうけど、お兄さんは相当厳しいでしょうから。

宮川  そうなんですよ。「家族とか俺のことじゃなくて『ドラゴンボール』みたいなの描けよ」と言ってきますからね(笑)。頑張らないと。


取材・文/渡部美也 撮影/藤岡雅樹


映画「どうすればよかったか?」

2024年製作/日本
配給:東風

監督・撮影・編集:藤野知明
制作・撮影・編集:淺野由美子

映画の裏側を描いた書籍
『どうすればよかったか?』(著・藤野知明。文藝春秋刊)が発売中

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1日前