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ビッコミさんの作品:「何をやりたいか」より「どうなりたいか」   けんすう的アオアシ考

かつて一世を風靡した生活情報サイト「nanapi」の創業者の一人で、現在は「アル株式会社」代表取締役、さらに投資家としても活動する “けんすう”こと古川健介氏。これまで様々な事業を立ち上げ、国内のインターネットサービスに多大なる影響を与えて来たけんすう氏は、SNSでは常日頃から“漫画愛”を発信し、漫画に関するコミュニティサービス『アル』を立ち上げるほどの漫画好きとしても知られている。

今回、けんすう氏が愛読するサッカー漫画『アオアシ』についてのインタビューを実施、独自の目線で『アオアシ』の魅力を紐解いてもらった。そこで見えてきたのは、「ビジネスとの親和性」だった!?

 

インタビュー・文/田口俊輔

 

『アオアシ』はビジネス漫画としても優れている

――Xや各種インタビューで好きな漫画の中に『アオアシ』を挙げていらっしゃいますが、どういったところが刺さったのでしょうか?

 

けんすう 僕のような「スポーツやらない側」からすると、スポーツ漫画を読むたびに「相当 理解浅く読んでいるな」という感覚が湧くんです。たとえば、「このプレーが実際どれほどスゴイことなのか」は、ほかのスポーツ漫画だと読んでいてよくわからないことが多い。でも『アオアシ』は、戦術やチーム作りのリアリティー含めて理解しやすい形に落とし込まれていて、僕にもフィットする感じがあるんですよね。

 

――描写のわかりやすさが、けんすうさんにピタッとハマったということなんですね。

 

けんすう 好きな理由はほかにもあります。

主人公・アシトが自分のやるべきプレーを思考し続けるところは、仕事で「今 組織はどういう状態で、自分が何をすべきか?」を考えるときと似ていると思いました。さらに、個々のプレーが連動していくところは、仕事が成り立つときと重なっている気がしました。

つまり、自分はサッカー経験がないけれども、ビジネスの視点に置き換えて『アオアシ』を深く楽しんでいるなって(笑)。

 

――なるほど! けんすうさんに刺さった部分をより詳しく伺えますでしょうか。

 

けんすう 若い世代が主人公のスポーツ漫画のほとんどは、チームメイトや仲間との友情を描いていて、「色々ぶつかり合ったけど、俺たちみんなでメッチャ頑張ったよね」とか、「絆が深まった!」という着地になりやすくて。

でも『アオアシ』は、友情も描きつつ、あわせてプロフェッショナルの世界を描いています。「コイツとは性格が合わない! ムカつく! それでもお互いプロとしてこの一点は通じ合える、協力し合える」のような、プロフェッショナルとは?の部分を『アオアシ』は軸にしていると感じました。この点がすごく大きいなあって。

たとえば編集さんとライターさんがメチャクチャ仲悪くても、記事はシッカリとしたものを作り上げますよね。そうした、人と人が、アシトっぽく言うと「繋がる」部分が、仕事の本質だと思うんです。それをサッカーを通じて表現されていると感じました。

 

――武蔵野蹴球団戦の話で言うなら、これまで思想やスタンスで対立していた黒田、竹島と冨樫が勝利のために利害を超えて信頼を構築していく姿はこれぞプロ!ですよね。

 

けんすう まさに!

 

 

単行本11巻108話

 

与えられた役割で才能を活かす人が好き

――アシトのような、自分がやりたかったこととは違うところで才能が開花していく存在をどう思われますか?

 

けんすう そうですねえ…僕は、好きなことや自分がやりたいことをひたすらやり続ける人よりも、与えられた役割をちゃんとやったり、才能を活かせる場所で頑張る人のほうが好きなんです。

『アオアシ』では、アシトが、自分のやりたいこと=「フォワードとしてでどんどん点を取って活躍したい」と、自分の才能が全然違うことに途中で気づく。才能を活かすためにサイドバックにコンバートされて、そこに葛藤しながらも順応していく道のりをリアルに描いているのが面白いですよね。

 

――けんすうさんにもこういった経験はありますか?

 

けんすう それがですね、たびたびあるんですよ。最近では、自分はビジネスを作るのが不得意だし、インターネットサービスを作るのもそんなに向いてないなってことに気づきました(苦笑)。

 

――そうなんですか? 意外です!

 

けんすう 自分がどこで成果が出ているかを見ると、当たっているのはコンテンツ系の何かをやるときで。僕はこれまで、自分のことをプラットフォーム・仕組みを作る側だと思っていたのですが、数字として表れるのは真逆だったんです。

そこに気づいてからは、それもまた僕なんだなとスッと思えたので、そういう意味ではアシトのような葛藤は僕にはありませんでしたね。

 

投資家は福田監督と近い?

――けんすうさんは投資家としても活動されていますが、投資家=起業家を導くコーチのような印象があります。『アオアシ』のコーチ陣と投資家の共通点はありますか?

 

けんすう 面白い質問ですね。ちなみに僕は、エンジェル投資家という、「まだ立ち上がったばかりのベンチャービジネスに自分のお金を投資する」ということをやっています。基本、投資したお金は戻ってこないけど、文句は言いません。

育成を手助けするという意味では投資家とサッカーのコーチは似ている部分もあるかもしれませんが、違う部分もあります。

コーチは「個」だけではなく「全体」を見ることが求められると思います。「このポジションにこの人が必要だ。このピースが足りないから育てよう」などを考えてチームを作り上げている印象です。

一方、投資家が向き合うのは「個」なんです。また、コーチと違って、僕から起業家に「こうしよう」と教えることはほぼありません。投資して、想像を超えた何かが起きることを待っている世界なので、そこは『アオアシ』のコーチ陣とは違うと思います。

 

――投資家がベンチャー起業家に出資するかしないかを決める際に、「この人は良い目をしている。だから賭けた」という話を聞きます。福田監督がアシトを見出したときのように、けんすうさんも光りそうな人をなんらかの方法で見極めて投資されるのですか?

 

けんすう それがですねえ…7、80社に投資してきましたが、いまだにどんな人が光るのかは全くわかりません(笑)。僕が投資して一番成功したケースに、「カバー株式会社」というホロライブを運営する会社があります。最初にどんな事業か見せてもらったところ、40歳を超えたおじさんが「私が手を動かすと、画面の中の美少女が動きますよ」と、実演してくれて。僕が出会った当時はVTuberという概念がほぼ認知されていなかったので、見たときは「なんだこれは!?」と、全く将来像が見えなかったんです。それがだんだんと回を重ねていくごとに、そのおじさんの手の動きが可愛くなっていって、「ダメだろうけれど、すごくニッチな世界で人気を博すかも?」と、心動かされるぐらいまでになっていて。今や、時価総額1500億ほどという、この10年における特大ヒットになりました。

投資業界ではいわゆる「東大出身の若い社長」が人気銘柄なのですが、カバーの社長さんは僕より10歳近く上で、すごい喋り上手であったりすごい前向きというタイプでもない(笑)。逆に本当に優秀でチームもみんな若手でキラキラしていて、手がける事業もすごそうなのに、全然鳴かず飛ばずの企業もありますから不思議ですよね(笑)。今は人の可能性とか成功するかどうかを見極めるのって無理だなという領域に達しています。

 

――なるほど(笑)。投資を決めた起業家の方と、定期的なミーティングはありますか?

 

けんすう まちまちですね。ミーティングは相談事があればしますが、それ以外にも人によってはチャットで話したりします。その一方で、全然やり取りがない人もいます。

ただ、やり取りが多い人はこちらの意見を積極的に訊いてきたり、「これをシェアしてくれ」「こうしてくれ」と要求してくれる。傾向としては、そういう人が成功しています。

アシトも、コーチやチームメイトに「教えてくれ!」と、意見や指導を請いますよね。ある意味 サイドバックになってからのアシトのような果敢に飛び込むアグレッシブさを持ちつつ、必要な場面では反論したり柔軟に受け入れる人は、すごく成功しやすいと思います。

 

単行本4巻34話

 

福田監督の「長期育成の意識」の面白さ

――投資・育成の話についてもう少しお伺いさせてください。今、ベンチャーはどうしても短期的な結果を求められがちですが、けんすうさんはこうした現状についてどう思われますか?

 

けんすう 『アオアシ』を読み直して改めて思ったことがあって。それは、資本主義社会は横の時間軸には強いのに縦の時間軸がメッチャ弱いという点です。

どういうことかと言うと、たとえば「今年の業績はここまであげよう!」となるとドライブするのですが、「100年後の子孫のためにこんなことをしよう」となると全く続かない。

しかも、現在は「スパン」が日ごと短くなってきている。一般の会社で新卒文化があるところは比較的長期目線で見ていますが、IT企業やスタートアップは大体2、3年での離職が平均。さらにアメリカなら1年半でやめちゃうから、常にずっと即戦力を取り続けていくスタイル。しかも社長もすぐに変わってしまうから、誰が長期で見ているんだ?ということになるんですね。

投資に関しても、やはり7年から10年以内にリターンしなきゃいけないシステムで、僕としては「頑張れ!」と思いつつも、現実問題として10年で大成功を収めろ!というのは相当ムチャなんです。

『アオアシ』でも、海外リーグに挑戦する際、結果が出なければすぐクビになるという厳しさが描かれていました。ただ、それだけではなく、福田監督はちょっと違うベクトルのことも言っていて、そこがすごく面白かった。

たとえば、優勝を懸けた大事な試合にもかかわらず、「勝つだけじゃない。育成だ」と、若い選手を起用します。

また、早く海外に行って成功を収めたい栗林にケガをしないよう諫めるなど、育成を長期目線で考えているのが印象的でした。プロの世界って早く結果を出さないといけないから厳しいよね、という話で終わらない深みがいいなと思ったんです。厳しい目を持ちつつも、成長を丁寧に見守り支えてくれる福田監督のような人がこの資本主義社会の中で生まれてくれば面白いんでしょうけど…難しいですね(苦笑)。

 

「メタ認知と「俯瞰の眼」の親和性

――けんすうさんは、noteなどで「今 自分が感じること・考えていること」を客観的に見る「メタ認知」が、仕事や事業をやる上で重要と語っています。その術を身に着けたのはいつ頃でしょうか?

 

けんすう 大学受験のときに意識し始めました。大学受験というもののゲームルールを見ると、「人格面などは考慮されず、点数の高い順に合格者を出すもの」という超単純な構造なわけです。ではそこから、「高得点を取るには?」と考えて、僕が受験した学校の過去問を見てみると、日本史なら7割は現代の問題、古文なら4割ほど『源氏物語』から出ているなど、「構造」が見えてきたんです。そうすると、古文は『あさきゆめみし』という漫画を読んでメッチャ『源氏物語』を学んでおけば解けるんじゃないか!?と、気づくわけです(笑)。そうした情報を得て対策したことで、合格できた…という原体験がベースになっていますね。

 

――それはすごい(笑)。ちなみにメタ認知を養うコツはありますか?

 

けんすう 相手の気持ちに立って物事を考えるということですかね。今日の取材も「相手はどのような目的を持ってこの場をセッティングしているんだろう?」と考えると、僕が呼ばれたということは『アオアシ』をもっとビジネスパーソンにリーチさせたいのかなと。じゃあそこから逆算して話す内容を決めよう、と。

 

――なるほど! 常に「相手が何を求めているのか?」を考えながら仕事されているということなんですね。

 

けんすう そういえば、『アオアシ』でも近いシーンがありましたよね。アシトが柏台商業高校戦で、「自分が栗林なら」と栗林になり切って考えた結果、得点の起点になるプレーをしたところは、「そうだよなあ!」って。

 

――たしかに! アシトの「俯瞰の眼」は「メタ認知」に近いと。

 

けんすう そうかもしれませんね。ただ、僕はアシトのような自我を強く持っているタイプとは真逆の、自分に対して確固たるこだわりがない人間なんですよねえ(笑)。

 

 

“超イヤなヤツ”阿久津は最高の敵役

――『アオアシ』の中でシンパシーを感じるキャラ、自分と近いなと思うキャラはいますか?

 

けんすう うわ、難しいな(笑)…ただ、「面白いキャラだな」と思ったのは阿久津です。彼は合理的で勝つための手段を躊躇なく使える人。しかも、ひたすらアシトを攻撃する、超イヤなヤツじゃないですか。

その阿久津が…ネタバレはしたくないので、ぜひ読んでいただきたいのですが、「いいスパイクだな」とアシトに言う場面はグッときちゃいました。最近の漫画は、昔に比べて悪かったヤツが良いヤツになるまでの間がどんどん短くなってきていて、どんなに長くても3巻ほどな気がしますが、20巻以上に渡って“超イヤなヤツ”であり続けてくれた阿久津は、最高の敵役でしたね。

 

――阿久津は、チーム加入当初、誰も知り合いがいないし、周りを見ればうまい連中ばかり。生き延びる方法を必死に考えた結果、「あいつらはどういう人間だ」とスカウティングしていった。そういう意味で、阿久津も「メタ認知」を持っている気がしました。

 

けんすう それはありますね。「味方を良く知ろう」というのは、重要な観点だと思います。相手がどういう性格で、どういう人なのかをちゃんと知っておく。その阿久津の「メタ認知」を、アシトはさらに「プライベートまで知っておいたほうがいい」と広げようとしたところは、人としても物語的にもすごく面白いなと思いました。

 

単行本27巻278話

 

未来からの逆算が今の行動に影響を与える

――最後に。新入社員として働く方々へのアドバイスがあるとしたらなんでしょう?

 

けんすう そうだなあ…「自分が何をやりたいか」より「どういった状態になりたいか」が大事ということでしょうか。僭越ながら、自著『物語思考』で書いたことが、まさにこの話でして。「やりたいことがわかりません」という新入社員は相当多いと思うんです。でも、そもそも「やりたいこと」はすぐには見つかりませんし、人間はやりたいことを見つけようとするとドツボにはまりやすい生き物です。それよりも、「5年後にこんなものを買いたい!」「10年後にこんな生活がしたい!」という身近な未来を想像して、「では、そのために何が必要か?」と逆算しながら行動していくほうが、良い未来を送りやすくなるんじゃないかなって。

 

――それはすごくわかりやすいですね!

 

けんすう 加えて、「制限なしに考えておく」ことが大事だと思います。

たとえばアシトは、プロサッカー選手になることをゴールにしていた。一方、栗林は、いつかスペインでプレーして世界最高峰の選手になるところまで想像している。そんな二人がゴールを達成するために日々することは、自ずと違ってきますよね。

それが現実にも当てはまって、「今、なんの制限もなしになりたい状態を言ってください」と訊かれて、「今は年収300万ですが、現実的に考えて年収600万になりたい」と言う人は、600万以上を手にするポテンシャルがあったとしても、自ら可能性を狭めてしまってそこまで辿り着けないんです。なんの制限もないんだから「年収1億!」と言ってもよさそうなのに、多くの人は現実的なところで止まっちゃう。自分の将来に対して、イメージの範囲を広げ制限なしに考えながら、その未来から逆算して動くことが僕は重要だと思うんですよね。

 

――手の届くところではなく、「一歩先」を考えたほうが将来は設計しやすいということですね。

 

けんすう はい。年に1回海外旅行に行きたいっていう人がいたとすると、一歩先の、2回で考えてみます。年2回の海外旅行はハワイとスペインに行くと想定して、その際の旅費を計算してみる。そこで出た費用を見ると、今より年収60万アップすれば2回行ける。ということは、月5万円稼げる副業を始めれば年間60万円が稼げるわけです。「これだけ頑張れば行ける」という形が見えてくると、「年に2回海外旅行に行くために頑張る自分」が自らにセットされる。そうすると日々の行動が変わるわけです。

 

――栗林が、将来スペインリーグで活躍するためにすでにスペイン語を習得していたりするのもそういうことですよね。

 

けんすう 花ちゃんもそうですよね。将来スポーツ外科医を目指しているので献立を常に考えている。また、いつか海外での活動も視野に入れて、子どもの頃に学んだスペイン語を忘れないように学び続けている。

よく、「過去からの積み重ねが現在の行動になる」と考えがちですが、実は「未来からの逆算が今の行動に影響を与える」と僕は思っているんです。

 

――こうしたお話がけんすうさんの新著『物語思考』に書かれている!と。お話を聞いていると、『物語思考』と『アオアシ』は相当近い考えが書かれていますね。

 

けんすう 確かに! 宣伝ぽくなって申し訳ありませんが(笑)。

 

ふるかわ・けんすけ◎1981年生まれ。早稲田大学卒業後、2006年にリクルート入社。09年に退職し、ハウツーサイト「nanapi」を運営するロケットスタートを創業。14年にnanapiがKDDIの連結子会社化。Supership取締役を経て、18年にアルを設立。漫画コミュニティ「アル」を皮切りに、クリエイティブ活動を加速させるための事業を展開している。

 

 

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2023/9/28